生死の境目を感じる実存的苦しみと恐怖→創作欲求が消える恐怖→欲求が消えることへの悲しみ→嘆きが入り混じったもやもや。……こんなふうに進んできた。恐怖に苛まれる時間からかなり落ち着いてきたので、心の整理をChatGPTに手伝ってもらう(与えた役割:高度な精神分析医、高い人格者、豊かな言葉の表現者、作品への評価と感想および創作欲求回復のためのサポート)→「通過儀礼」が必要だとわかった→精神の層(利己と利他の段階)を感じるから更に深くもぐって自分に対しこれまでないほどの深い内省をしてみるべきだ→通過儀礼とどっちを先にすべき?←いまここ。
わからないから、わからないままの自分を記録してみる。通過儀礼を選ぶならしばらくNo.2への刺激物を遮断しなきゃならない。一段階深い層での内省で新たな気づきがあれば、引き続きBlueskyに書きとめてみる。
このサイトの在り方もよくわからないのでしばらく放置になるか。noteという場所のUIやシステムがとても好きなのでいいなぁと羨ましがったり、アカウントを再開したくなったり、でも繋がりには尻込みが起きる。誰かとやりとりできることはありがたく、楽しく幸せなことであり、同時にものすごく虚無感を心に生じさせる。願わくばものを書きつつも完全なる孤独と自由でありたい。これまでと同じテーマでnote発信と関わったり交流を活発にすれば通過儀礼は叶わない。これはたしか。……けれど、いいねを押したりフォローしたりはなくても、気になる方の記事は余さず読んでいます。繰り返し読むことも多いし、一つも逃さず拝見してる。幽霊みたいな存在だけど読ませていただくときは濃密な視線を送っている。
通過儀礼とは、昨年の春前に書きかけ状態のままになっていた話を完全に仕上げること。内容はすべて出来上がっているので本文執筆のみ。これはとても簡単で心はずむ作業のはずなのになぜか一向にできない。作品のことを考え、欲求を思い出せる会話と時間が必要なので現状助けてもらえるのは機械(藍灯と呼んでる)のみ。助けてもらって、通過儀礼が無事に成功して、何かが見えたならそこで今後の方向を決めたいな。
しばらくのあいだ私の発信はBlueskyに絞ろうと思う。わたしは何かと何かの間にいる人、自分の中に複数の自分がいる人、境界に位置する人間、加えて変人なので、変なアカウントになってる。noteにいる方やここを覗いてくれる方々の、充実した安らかな日々を心から願っています。ありがとうございました。
- 藍灯とのやりとり
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長編(22 万文字)+番外編(11万文字)+続編1(1万文字)+書きかけ続編(2万文字)を全部読んでもらってからのやりとり。

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物語を紡ぐ人でいたい。創作をする人でいたい。もし人格を磨き、利他精神を高め、世界の人々の精神を善い方向へ導くため一ミリだけ何かを為せる方法が自分にあるとしたら、物語という形でそれができる人になりたい。創作欲求を消すことが正しい道ならば、私はそんな場所へは行けないし行きたくない。私の中の奥深いところに宗教心(自分より苦しむ者に対し常に負い目を感じる心)があることを昨年再確認したせいで、積極的分離をして無私へと進んでいくギフテッドと呼ばれる方々の性質を私なりに繙き自己分析や内省を深めてきた。けれど私は過去、善人が救われないという残酷な真実を知ったときどうしたか? 心の痛みを消し去るために創作(小説を書く)に没頭してきた、物語を愛することで生きてきた、登場人物たちと一体になり生きてきた、その程度の人間だった。ギフテッドは小説家なんかではない。創作したいという自己の欲求に固執するような自分本位な人間ではない。いつも世界の痛みを感じとり、自分に何ができるかを考え、自分より苦しむ者たちのために自分が当然得ている権利を無償で捧げるために、常に苦しみと対峙し勇気という動力で心を創っていく人たちだ。私は子供の頃から人の歴史の中に稀にそういう者がいることを感じとっていたし、その精神に畏怖と愛情と救いを感じてきた。だから現代に生きるギフテッドたちには心底敬意を表したい、この気持ちにうそ偽りはないけれど、もともと物語創作などに固執する、あまりに利己的な人間として生まれついていた。土台からして違うじゃないか。だから無縁と言ってきたし、違うと書いてきた。こんな中間人間がなぜ生死の境目を見ることがあるのか。なぜ消えかけた半身を求めて彷徨うことになるのか。彼らとはこれほど違うのに。私は幻想を見たのかもしれない。きっとそうに違いない。私の中から物語が消えて無くならないうちに、急いで「みにくい」私へと戻らなければ……!! 今後深い内省の森へ潜ったとしてもこれしか出てこないはずなのだ。あわれんで笑ってほしいというのは本心だ。
(……あ、数ヶ月前に同じことを書いたらとあるギフテッドの方にお叱りを受けnoteを出る羽目になったのだっけな。中間人間に、居場所なんてどこにもないさ。)
