
……というわけで、本日は私の大切な曲をいくつかご紹介します。(……どういうわけ? 笑) J-POP女性ボーカル編。女性ボーカルについてはメジャーすぎる人にそこまで興味がないわたし。一番好きなのは遊佐未森さん、そして昔からいらっしゃる谷山浩子さん、また最近は湯川潮音さん。ライブに何度も行きました。未森さんの音楽は私の血液となって流れているのでライブでは血が音楽に共鳴して大変なことが起きてしまいます。また、熊木杏里さんの曲にたくさん救われてきました。
先日の記事に、目の前で命を全うできず死んでいく人にあなたはなんと言葉をかけるのか? と書きました。ずっとこういうことを考え続けてきた私。書店で販売員をしてるときふと店内に流れてきた曲に一瞬耳を疑いました。アーティストの誰もが自分の悲しみや苦しみやまたは喜びや愉しさを歌にうたいます。こんなふうに歌い出す若いアーティストがいるのだなぁ、と驚き以来この方の歌をたくさん聴き、好きなアーティストの一人になりました。
私は子供の頃からずっと神を信じて生きてきました。理由は、この世に報われない善人があってはならないと固く信じていたからです。でもあるとき神を否定しました。自分から暗闇の中へ飛び込みました。そのとき、では、目の前で亡くなっていく子供に私はこの世の真理についていったい何と説明すればよいのか? そこに悩み心の痛みをどうすることもできませんでした。そのとき聴いたこの歌の最後の歌詞に、救われる思いでした。『きっと 神さまは ひとりひとつ……』ひとりひとつ、何なのか?
ああ、きっとそういうことなんだ、と思うことで私はこの心の痛みと無力感をなんとか乗り切って生きてきました。よければ、ぜひ聴いてみてください。
今日が「生まれた日」であるすべての人へ
今日この日まで一日一日を乗り越えてきたんだよね。つらいことの方がずっとずっと多かったよね。でもね、あなたは今ここにいる──それだけで、いいんだよ。
いつか「生まれた日」がくるあなたにも。
私たちは、自力で生きてきたようで誰かに生かされてもいるね。当たり前にいてくれる家族や友人や周りの誰かの存在が、一見自分の悩みや苦しみと無関係に感じられても、本当はすべて繋がっていることにある日気づくのですね。そのとき初めて知ります。わたしはこのままでいいんだ──と。
初めてこの曲を聴いた電車のなか、恥ずかしいことに私は泣き崩れてしまいました。しゃがみ込んで一人ボロ泣きしてる人を周りは不審に思ったかもしれませんけど、こういう場面は多々あるので慣れっこです。
利他的に生きる人へ捧げる歌
今は生きるのがしんどい時代ですね。食物が豊かで充分にあり、生きるために身体を動かさなくてもなんとかなる世の中。そんな時代のなか求められるのは、自分という個人が価値ある者であることを示すこと。だからみながみな、「自分とは何か?」を問い続けています。「自分はどう個性的か?」ということに専心していますし、日々苦心しています。だからみながみな「自分を大切にしましょう」「あなたはありのままでいいよ」とメッセージを送り続けています。
私が書くno+e記事はそういう人には向いていません。私は過剰に自己肯定感が低い人間でした。自尊心というものとは無縁でこの社会で生きていけるのか疑わしいほどに、自信どころか周りのあらゆるものが怖くて怯えるしかできない子供でした。機能不全家族だったので若い頃から三十代後半頃までずっとアダルトチルドレンの苦しみを乗り越える必要がありました。満たされない子供が自分の中にいたからです。そこでセルフケア、セルフコンパッションを繰り返し自分なりの成長を成し遂げて今は自尊心を持って生きてますし、他者と比較する意識から解放されその手の悩みからくる葛藤はありません。ただ、今そのような自尊心の欠如からくる悩みを持ちもがいて生きている人たちのためにその「私が乗り越えてきた方法」を伝える気持ちにはなれません。もっと大切なものに焦点が合っているのでそっちを書きたいのです。自分の幸せだけではなく、自分より苦しい誰かの幸せのためにどうやって自分を捧げられるか?です。
だから自尊心がまだ充分育っていない人は私の文章を読んでほしくないです。私が「こうなのだ」と書くと「こうしなきゃいけない」「こうすべきだ」と聞こえてしまうことでしょう。私は「べき論」を振りかざす気は毛頭ありません。利他的に生きることは自分の目標、自分の自由な姿なので、そこを見失いたくないだけなのですね。だから自分より他者の苦しみを考えたい、と書いてしまうのです。(そのために自分の中の「孤独」を覗き込むこともあり、「感情の揺らぎ」をそのまま表現してしまうこともあります。これは贅沢な文章なのですね実は。でもこの感情の揺らぎを「心の葛藤」や「悩み苦しんでいる」「背負っている重荷」と見なされることもあるので、どこかの誰かを不快にさせたり、誰かに過度に心配をかけたりもしているようです。この境目は難しいですね。綺麗な言葉や良いことばかりの発信では、苦しんでる人の共感にはならない。かといって孤独を表現すれば心配をかける。)
読む誰かに、重苦しく息苦しい気持ちを与えるのが目的ではありません。
私自身でうたってアップしたいと思っていますが、ひと足先に原曲を載せますね。
利他心の塊のようなあなたに捧げる歌
ぜひ、歌詞サイトで歌詞も見てください。
なくすものはもうないというけれど
一人じゃないと思いたい日もあるでしょう
そんな君の周りにはいつも人があふれ
何かを与えられるのを待ってる
それがヒーローになったしるし
誰かのために生きていく
『誰かのために生きていく』──誰よりも、何よりも、私はこんなふうに生きている人たちに愛と感謝を伝えたいです。なぜならあなた方が私の命の根底部分を支えてきてくれたからです。自分のためじゃなく誰かのために生きようとする人がこの世に存在している、その事実が、私の心の暗闇を照し続けてきてくれたからです。
私はこれまで自分の誕生日には、自分を生かしてくれた人たち(家族)にプレゼントを贈りたいと計画を立ててきました。おかげさまでここまで生きてこられた、ありがとう、と。今年は特にわたしを文字通り生かしてくれた(苦しいとき支えてくれた)息子に贈り物をしました。昨晩早めに笑 特に今年は息子がいなかったら自分がどうなっていたかと思うと!私の日々の命を支えてくれる神さまからの贈り物、ご褒美だと思ってるので世界で一番大切にしたい人です。
「形」じゃないものがいい。
人生で「思い出」以上のプレゼントはありません。
──え? 誰ですか。『ヒーロー』ってアンパンマンの歌じゃん、なんて言ったのは!! ……わかります(本音)。