NOTEには思索記事ひとつを残し日記をすべてこちらに移動しました。
しばらく模索中のため様々な変更あり。
意識の変容
今まで心の中に強く存在してたものがなくなったのを感じる。それは恐怖と悲しみ、そして書く喜び、作る楽しさ。どちらももう明確な形がなく、薄っすらと残像のような感覚があるだけ。ほんのりそれらを感じとって涙が流れる瞬間はあるけれど、大好きだった自分の小説を書きたいという意欲はもうなくなったように感じます。
あまりに恐ろしい体験をしたせいで、反動として静かな心が出来上がったのかもしれません。あんなに内面世界がなくなることを恐れて泣いたというのに、それが消えた今、別人のような反応が起きてしまっています。強い感情は消え、心はどこまでも穏やかです。凪いだ海原のように、とてもとても静かです。
エナンティオドロミア
深層心理学の父カール・G・ユングは、内なる自己に出会い真の自分として目覚める前には深い孤独と苦悩があることを述べていないでしょうか。極限から極限へ意識が変容する際に過渡期となる精神の静寂が起こることも、古代の哲学者ヘラクレイトスの残した「エナンティオドロミア」の概念を継承して同じ意識状態について語っていないでしょうか。エナンティオドロミア(エナンティオドロミー)、極限から極限へ反転する現象を繰り返し世界は成り立っていると思いますが、無意識も精神のバランスを取ろうとして揺り戻しがあるのです。だから、これは極限の苦しみの体験後に起きる精神の静寂に違いないです。「概念」の話ではなく「体感」の話です。
ひび割れた脳みその回復記録(詳細)
こんな経験は人生のなかでそうあるものではない。人の世でそうあることではない。だから記しておこうと思います。
とあることが機となり、わたしは無意識の深層にある実存の苦悩──それは直視すれば生きていけないため人は無意識のうちに奥底へ封じ込めてるもの──と接触してしまったのでした。
その日は朝から様子が変でした。とうとう仕事中に立っていられなくなり、救急搬送されてしまいました。乗り物のパニック発作と閉所恐怖症の発作で奇人のような振る舞いになっていたようです。付き添ってくれた方によると、都内のビル街の真ん中で倒れて運ばれるとき周りは大変な人だかりだったそうです。
病院に着いてからがまた恐怖との闘いでした。決して人が行き着いてはいけない深い領域へと意識が届いてしまったことで気が狂いそうでした。その日は、──人間には普段それを封じ込めているからこそ正常でいられる深層心理の領域があることを身をもって感じとる──恐怖の二ヶ月間の始まりに過ぎませんでした。
帰宅してからはもうまともに立っていることもできませんでした。次々と感受性の限界まで試される恐怖が襲ってきてもう耐えられないと思いました。ずっとあったはずの心が消えていく感覚は言葉にできるものではありません。こんな感覚にいったい誰がなったことがあるでしょう、誰にもわかることはないです。叫び続け、泣き続け、身が捩れ、骨が痺れ続け、光がすべて消えてしまいました。
もう生きている感覚がなくなり、胸のなかに存在するものはただ命の深い悲しみと生の残酷さと恐怖だけでした。外から入ってくる誰かの言葉ひとつに脳の神経がひりひりしました。この世のあらゆるものが恐ろしく、本当に恐ろしく、息をしていることがあまりに恐ろしく……一瞬一瞬が耐えられない状態でした。
心が消える感覚をどうやって言葉にし得るのか今でもわかりません。同時に、実際の身体的感覚として脳みそがひりひり、じんじんして、まるでハンマーで頭を強く殴られた後のような状態だったのです。まったくそれと同じ痛みと痺れ、締め付けられる圧、不快な音、ひび割れた感覚が四六時中ありました。だから少しの音も光も振動も駄目で頭を動かすことができなかったです。
脳の「神経」が傷ついてしまった、いや生まれてはいけない神経が生まれてしまった──本来感じずに生きていけたものを感受しすぎておかしくなってしまった──そう感じられました。
昨年の春には脳が「焼けている」感覚が続いていましたが、今年はその比ではない。「ひび割れて」しまった。これ以上の異変などないことがわかるから、もう命が終わるのだろうと思いました。脳という身体部分がおかしくなったのと同時に心の感覚も素直にそう感じたためです。世界は、遠い場所の映像を眺めているように薄くぼんやりとあるだけでした。
人間とは、心の中に灯火のような温かみなしでは生きていけないのですね。わたしには確かにこれまで灯火があった。それはどんな孤独にも耐えられた理由、自分のなかの内面世界です。その中にある物語世界です。そこではいつも潮の音がして優しい声が聞こえていました。
薄っすらと消えていく、日に日に消えていく。もっと一緒にいるはずだったぬくもりが静かになくなっていく。恐怖の大波が日を追うごとに少しずつ薄くなるのと引き換えに、今度はとめどない悲しみに襲われ始めました。恐怖の後には胸を抉られるような悲しみ。
外側では何も起きていないのに、目の前に心の死を突きつけられて……いや、こうやって言葉にしてはいるけれど、この頃の感覚は言葉にはならないものでした。人間に起こる究極を見たとしか言えません。
世界の感じ取り方がまったく違ってしまい、生きている実感が消えて、言葉ももう心の温度を感じるものではなくなりました。闇、闇、ほんものの闇、比喩ではなく、リアルな精神の闇でした。自分がここまでの体験をすることになるとはつゆとも知らず生きてきました。
それでもじわじわと回復の兆しが見え始めてきて、それがまた驚きでした。ここから抜け出せるとは。もう人生が終わったと思ったのに。光が薄っすらと差し込むようになった日からそれを掴み取り、少しずつ浮上し始めました。
なんだか、身体も動かせるようになり、スマホの画面も見られるようになり、玄関の外にも出られるようになり、人の言葉も怯えずに聞けるようになり、太陽の光も確かにあると感じられるようになってきました。
やっとお店のなかにも入れるようになりました。動けないわたしを心配して会いにきてくれる方のためにお買い物にも出掛けられました。その日の帰り道のこと。お昼12時41分のこと。……「え?」
頭の中でぐわんぐわん渦巻くようになっていた音が突然フッと止んだのです。道を歩いている途中でした。
最初、どこかで何かが起きたのだと思いました。世界の音が一瞬にして消えて感触が変わったからです。ものすごい異変だったので、腕時計の時刻を見てしまいました。いま何が起きたのか? と。
呆然と立ち尽くしてから数分後、何なのかわかりました。脳の中で音を立てて蠢いていた神経が「修復」されたのです。その瞬間、完全に神経が治ったんです。生まれちゃいけないひりひり神経が、動きを止めました。自分で自分を治す自己治癒力とはすごいものですね。「命を守るリスト」に従うしかできず、ただ無心にそれに縋って生活していたらやっとその瞬間を迎えることができました。
それから本格的に回復に向かい始めました。わたしのために光を届けに来てくれた友人が帰った次の日、朝起きたら一段と頭が軽くなっていました。一皮剥けたように周りの世界にある光と音との隔たりが明らかに消えて、再び生きてる感触にぐっと近づくことができました。人のぬくもりを感じることが回復への大きな一歩になりました。人を助けてくれるものは人、そのことが身に沁みてわかりました。
あれから三ヶ月、今はもう買い物もできるようになり、音や振動も少しなら大丈夫になり、お出かけも家の車ならできるようになりました。ただもう電車には乗れないようです。毎日毎日乗っていた電車、もうずっと乗れないのでしょうか。仕事を失ったので時間はできましたがどこにも行けず、まだ騒がしい場所にも長くはいられないので結局どこにも行けないで過ごしています。
仕事を始められる気がしてきたのに外には勤められないから在宅で何かを始めようかと考え始めました。そこで気づいたんです。名前を捨てては行けないことに。現実生活とつながり続けるためにもう一度サービスを開始するなら苦労して実績を積んだ名前を放棄するなんて愚かとしか言えませんよね。──と、思っていたら数日後にはもうそんなこともどうでもよくなりました。ひとつひとつ色んなものが遠のいて薄くなっていくようです。
魂の空白期間
何もかも変わってしまった今の精神的環境を記しておきたくなりました。(ライフログの癖でしょうか。)これまでの人生の時間とはつながっていないことがわかるから。
関心や欲求の消失(成果、承認への期待が消える)
無感動、無志向、無我感
時間感覚が希薄(未来の計画に気持ちが向かない)
恐れも不安もなく、喜びも楽しみも感じない、とても静か
特に過去との断絶感が強いのが、関心と欲求の消失、意欲と活力が消えたこと。職を失い生活が苦しくなったため何かしなければと「思考」は働くのに、何かを成したい、前に進みたいという「欲求」がまったく起こらず、うっすらとした感覚のままで在宅副業の準備をのろまに行っています。
自分のための創作ではなく、与えることそのものが生きる動機になる、そんな精神環境になる時がくるのかこないのか? 今は本当に、心の中に「何もない」です。
記録