
文章サービスの傍らで思うこと:2回目
こんにちは。水那田ねこです。
ココナラで同人作家さまの文章をよりよくするお手伝いをしています。
このnoteには、様々な方の作品をお預かりするなかで気づいた、初心者にありがちな間違いのパターンや癖、そこから気づいた大事なことを私自身のまとめとして書いています。
先回は「描写がなぜ大事なのか?」について書きました。今回は日本語学に基づく文法に踏み込んでみます。
もしあなたが……
「一つの文は、どんな構造で成り立っている?」という問いに、「主語と、述語と、修飾語……かな」と答えてしまいそうだったり、
「『は』と『が』の違いは何?」という問いに、「それは同じ主語の後ろにつく助詞だけど、文脈によって使いわけるものだよ」と答えてしまいそうな場合。
ぜひ、この記事を読んでみてください。整った文を書くためにきっと役立つはずです! 二、三分で読めますよ^ ^
※私が書くものは常に、小説の文章がいまいち上手く書けない方、地の文が苦手な方を対象にした内容になっていますので、そのつもりでお願いします。
学校では教わらない「は」の大切な役目。
誰しも意識などせず使いこなしているはずの日本語。ただし学校で教わる読み書きの基礎では、日本語の構造のすべてを伝えられることがないので、上の二つの質問の「正しい」答えを知らない人は意外と多いようです。
小説は、できるなら美しい文章で書きたい。豊かな描写やひねりの効いた表現で書きたい。でもその前にまずは、正しく整った、読みやすい文章を書きたい。
……誰しもそう思っているはず。
今回は、美しい文を書くために一番大事な基礎だと私個人が考えている「は」の役目にフォーカスしてまとめてみます。これは文の骨組みの要となるものです。意識するとしないではかなり差が出てくると思うのです。
一文は何から成り立っている?
主語、述語、修飾語から。間違いではありませんが、これだと『ごく一部』を説明したに過ぎないため、答えとしては不十分なのです。
学校の読み書き(国語の文法)では教わらない「日本語学」の観点からいえば、一文は、主題、結論、事柄、から成り立っているのですね。
これは単に呼び方の違いではありません。スケールが全然違うんです。
まずは下の例文を見てください。
例)私は今日にでも出かけたかったのに、父が『出かけるのは明日にしよう』と強く言ったので、しかたなく「わかった」と、やや腑に落ちない気持ちのまま静かに頷いた。
これほどの長さがあっても、主要な文は「私は、頷いた」これだけです。
まず「私は」がこの文の主題として選定され、文末で「頷いた」と結論が出されているのです。その間にある「今日にでも出かけたかった」「父が出かけるのは明日にしようと強く言った」「やや腑に落ちない気持ち」これらはすべてこの主題と結論を修飾する「事柄」です。
主語は「私」「父」二つありますし、述語も「出かけたかった」「言った」「頷いた」たくさんあります。ですが、それらを囲む大枠の「主題」と「結論」が文を構成する最も重要な要素と言えるのですね。そしてこのセットは一文の中で常に一つしかありません。
ですから、文が主語述語でできている、という説明は、単に文の中の一部である「事柄」について語っているだけで、文の基本構造のすべてを語っていることにはならないのですね。
この、大枠の構造=主題と結論(間に事柄が挟まれる場合が多い)を理解していない方が、小説を書き慣れない方にはたくさんいる。そのことを、私は文章サービスを通して痛感しているのです。かくいう私も長年このことを意識せずに日本語を使っていました。
※主題…題目と呼ばれる場合も。
結論…解説と呼ばれる場合も。
「は」と「が」の違い。
ここで大事になってくるのがこれ。二つとも同じく主語の後ろにつく助詞ですが、両者には大きな違いがあります。
「が」は単に主語につくだけ。しかし「は」は、この大枠の主題につく、特別でとても大切な助詞なのですね。
つまり、この『主題のハ(※)』は、一文の中に一つしか存在してはいけない。
これを知らないばかりに、ついつい構造的に乱れた文を多くの方が書いてしまいがちなのです。
※ここでいう「は」という助詞のことを便宜上『主題のハ』と呼びます。(根拠は以下の書籍を参考)
ちなみに『主題のハ』以外にも、『限度のハ』『対比のハ』『再審のハ』など色々あります。これらは複数使って問題ないのですが、今回は『主題のハ』を取り上げているため文の中に一つ、としています。
「主題のハ」は、文の中にひとつだけ。
例えば、地の文を書き慣れない方がついやってしまう文法の間違いに、こんな感じのものがあります。
例)彼が怪我をして病院に運ばれたとの知らせを聞いた私は慌てふためき、大急ぎで病院に駆けつけたのに、病室の中には思いのほか元気な彼の姿があって、「何そんなに慌てているの、ちょっと擦りむいただけだよ、ばかだなぁ」と彼は包帯を巻いた腕を見せながら、私を軽く笑い飛ばした。
……いやいや、いくらなんでもこんなひどい文章書かないよ、と思われた方、すみません。例文なのであえて強調して書いています。
ですが、これ。「は」の役目を意識しないで書いてしまう方がけっこう多いのです。
まず目につくのは長文であることですが、そもそもこの長文も、文が主題と結論で成り立っていることを知らないとついやってしまいがち。
ましてや日本語は文の冒頭で出された主題から結論にたどり着くまでにたくさん修飾となる事柄を挟んでいくことが可能な言語なので、なおさらです。いくらでも長文が書けてしまえるのです。
話を元に戻して……。
上の文の中で問題は、「私は」「彼は」と、主題が二つあることです(太字にしています)。もっというなら「病室の中には」も。(これは『限度のハ』とみれなくもないですが。)
一番後ろの「彼は」という主語は、「笑い飛ばした」という述語にかかっており結論が出ていますが、前の「私は」は、本来最終的にかかる結論の部分がこの「彼は」に取られてしまい、落ちる場所をなくしてしまっているのですね。
文頭で提示された主題は「私」なのに、対応するはずの文末にある結論は「彼」のことになっている。
主題として選ばれたはずの語が、結論へときれいに着地していないため、この文を美しい(整っている)と読者は思えないわけです。
解決策は二つあります。
一つは、文を区切ること。
例)彼が怪我をして病院に運ばれたとの知らせを聞いた私は慌てふためき、大急ぎで病院に駆けつけた。なのに、病室の中には思いのほか元気な彼の姿があった。「何そんなに慌てているの、ちょっと擦りむいただけだよ、ばかだなぁ」と彼は包帯を巻いた腕を見せながら、私を軽く笑い飛ばした。
最低でもこれくらいにすると、きちんと一文の中に「主題」と「結論」が入り、混乱しません。
私は、駆けつけた。
病室の中には、姿があった。
彼は、笑い飛ばした。
余計な修飾語を除き、骨組みだけを見るとこうなっています。この大枠の骨組みをきちんと書かないと、文がぼやけたり混乱してしまいます。もし文がこのように主題と結論から成り立っていることを弁えていれば、むやみに長文を書こうとは思わなくなります。
また、もう一つの解決策。
今度は長文のままで、構造を正します。
例)彼が怪我をして病院に運ばれたとの知らせを聞いた私が、慌てふためき大急ぎで病院に駆けつけたのに、病室の中いた彼は思いのほか元気な姿で「何そんなに慌てているの、ちょっと擦りむいただけだよ、ばかだなぁ」と包帯を巻いた腕を見せながら、私を軽く笑い飛ばした。
本来は長いので区切りたいところですが、前の「私は」を「私が」に換えました。主題にされていた「私」を、単なる「事柄の中の主語」にしたのです。「病室の中には」の「は」も省き、主題を「彼は」一つに絞り最後の結論「笑い飛ばした」に対応させました。
このようにするなら構造的に整い、論理も通ります。
彼は(主題)、笑い飛ばした(結論)。
もし文の構造を、主語述語としか認識していないと、この大切さに気づけないのですね。

「は」は「主題」を指定する特別な助詞。
短文でも考えてみましょう。
例)雪がしんしんと降っている。
この場合、「雪」には「が」がついているので、この「雪」は主題ではなく事柄の中にある主語に過ぎないことがわかります。つまりこの文は、事柄を抜き出している文だとも言えます。例えばこれに、
雪がしんしんと降っているのを、僕はただ見ていた。
と、主題と結論で覆うことができます(主題の位置は後ろにきていますが構造は同じです)。小説の場合は特に、このように一人称が裏に隠れている場合が多いですよね。
ただこれを逆にしてみるとどうなるでしょうか。
雪はしんしんと降っているのを、僕がただ見ていた。
こうすると成り立たなくなります。一見おかしくもないようにも思えますが、主題と結論が「雪は、見ていた」となってしまうからです。さらに僕が見ていたもの(=雪が降る場面)は一つの事象、事柄なのでやはり主語には「が」がふさわしいのですね。
大枠が大事。一番「素」となる骨組みが大事。
それを教えてくれるのが「は」なのです。
隠れていても表れていても、文の構造を考えるとき、この大枠、骨組み、基本の構造を意識することが大切です。
結論。
「は」は「が」と全然違う。両者の重要性は比較にならない。
どうだったでしょうか?
文の構造を主語述語レベルで考えるのは不十分であること、お分かりいただけたのでは。文の構造を紐解く解説では短文、復文、重複文などの説明をすることもあります。いずれにしても常に主語と述語の関係性が重要視されることが多いですよね。
しかしそれでは足りない、本当に整った文を書くには「は」の役目について知らないと始まらない。そう強く思うわけであります。

「は」と「が」の違いには他にも大事なものがあります。比較的よく知られていることが。長くなるのでそれはまた別にまとめてみたいのですが、今回は、この二つが全然性質が違う助詞であることにのみフォーカスしました。
「は」は主題を選定してしまうため特別な扱いをするものである。
このことを常に意識しておくと美しい地の文を書くのに役立つ。このことを私自身の大切な気づきとして書いておきたかったのです。
さらに詳しいことを知りたい方は、ぜひこの二つの本を参考になさってください。私がここに書いた内容は、この本から学んだことです。また二つの書の内容をミックスさせて独自の観点から要約したものです。
日本人のための日本語文法入門 (講談社現代新書 2173)
原沢 伊都夫 (著)
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日本語練習帳 (岩波新書 新赤版 596) 新書 – 1999/1/20
大野 晋 (著)
特に前者の本は面白いですよ。本当に、いかに学校で日本語の基礎を教えられていないかがよくわかりますし、目から鱗なことがたくさん書いてあります。私にとってはどちらも必読書でした^ ^
ではでは、複数使ってもかまわない別の種類の「は」のことや、誰もが無意識で使っている「は」と「が」の違いなどを次回はまとめてみたいと思います。
読んでくださった方、ありがとうございました。